自衛隊を辞める前に身につけておけばよかったスキル――資格より先にやっておきたかったこと
この記事の要点
自衛隊から民間へ転職するとき、「とりあえず資格を取ったほうがいいのでは」と考える人は多いと思います。私もそうでした。TOEICや英検、簿記を勉強しましたし、実際に役立ったものもあります。
ただ、転職してから振り返ると、資格より先に鍛えておけばよかったものがありました。特に苦労したのは、相手と目的に応じて、何をどの順番でどう伝えるかを考える力です。ほかにも、PCを使って仕事を処理する力、顧客やコストを意識する感覚、自分のキャリアを自分で考える習慣など、自衛隊にいる間はあまり意識していなかったものがありました。
一方、自衛隊で身につけた計画力やリスク管理、トラブルへの対処力は、転職後もかなり役に立ちました。
この記事では「転職に有利な資格5選」といった話ではなく、私自身が自衛隊から民間企業、特にコンサルティング会社へ転職して、実際に何に困り、逆に何に助けられたのかを振り返ります。転職先がコンサルだったからこそ強く感じた部分もあるので、そこは民間企業全般の話と分けて書きます。
「転職するなら資格を取らなければ」と思っていた
自衛隊を辞めようと考え始めたころ、私も「何か民間で使える資格を取らなければ」と考えていました。TOEIC、英検1級、簿記あたりです。
これらは今でも無駄だったとは思っていません。英語は仕事で使いますし、簿記も、資格そのものより財務諸表を読むための基礎知識として地味に役立っています。
なので、「資格なんて意味がない」という話ではありません。ただ、今の自分から当時の自分を見れば、資格試験の勉強より先にやっておいたほうがよかったことがありました。しかも厄介なことに、それは試験に受かれば終わり、という種類のものではありませんでした。
一番苦労したのは、「相手を動かすためにどう伝えるか」だった
転職してから一番苦労したのは、説明の仕方です。
単に「分かりやすく話す」ということではありません。相手が何を知っていて、何を気にしていて、自分は相手に何をしてほしいのか。そのために、どの情報をどの順番で話すのかを考えることです。
自衛隊は、かなり「言わなくても分かる」が通用する組織です。同じ組織の中にいるので、役職、部隊、訓練、装備、仕事の流れについて共通理解が多く、「今あれをやっています」「ここで調整が止まっています」「このままだと間に合いません」くらいでも、相手がかなり背景を補ってくれます。
一つ一つの言葉の中に、かなり多くの意味が詰まっているわけです。
ところが民間企業、とくに私が転職したコンサルティング会社では、そうはいきませんでした。相手がよく知らないテーマについて短時間で説明し、状況を理解してもらい、そのうえで判断や行動につなげてもらう場面がかなりあります。
当然、毎回1から10まで説明する時間はありません。相手が何を知っていて、何に関心があり、自分は何を判断してほしいのかを考えたうえで、必要な情報だけを並べる必要があります。
私はここでかなり苦労しました。結論から話す、論点を整理する、相手の関心に合わせて情報量を変える。今なら当たり前に見えることでも、転職直後はうまくできませんでした。ロジカルコミュニケーションの本を読み、仕事で失敗し、そのたびに修正して覚えていった感じです。
コンサルは特にこの能力への要求が高い仕事だと思います。ただ、自分と同じ前提を持っていない人に説明するという状況そのものは、コンサルだけの話ではありません。顧客、取引先、他部署、本社と現場。自衛隊の外に出れば、違う前提を持つ人と仕事をする機会は増えます。
もし退職前の自分に一冊だけ本を渡すなら、資格の参考書より先に、ロジカルコミュニケーションの本を渡します。そして、読んで終わりにせず、普段の報告から「この人に何をしてほしいのか」「そのために何を伝えるべきか」を考えろ、と言いたいです。
Officeは使っていた。でも、転職後は「全部足りない」と感じた
もう一つ苦労したのがPCスキルです。自衛隊でもWord、Excel、PowerPointは普通に使っていたので、転職前は「Officeくらいは使える」と思っていました。
甘かったです。
私の場合、転職先がコンサルだった影響はかなり大きいと思います。ExcelもPowerPointも、求められる速度と水準がまったく違いました。関数、ショートカット、データ整理、資料構成、スライドの作り方。「コンサルが使うExcel術」「PowerPoint術」のような本をだいたい全部読んで、やっとついていけた感覚があります。
もちろん、すべての転職先で同じレベルが求められるわけではありません。製造、営業、物流、IT、現場系の仕事では、使うツールも違えば、必要なスキルも違います。
なので、自衛官は全員PowerPointを極めろ、と言いたいわけではありません。ただ、自衛隊でOfficeを使っていたからといって、転職先でもそのまま通用するとは限らない、ということは知っておいたほうがいいです。
「Excelが使える」という自己評価より、志望する仕事で実際にどんなツールを、どの程度使うのかを調べるほうが大事でした。
今なら生成AIに関数を聞いたり、資料構成を一緒に考えたりもできます。少なくとも、私が転職したころより学ぶハードルはかなり下がっています。
顧客目線とコスト感覚は、ほとんど持っていなかった
民間企業に来て大きく違うと感じたのが、顧客とお金に対する感覚でした。
自衛隊時代、顧客目線というものを意識した記憶はほとんどありません。もちろん相手の立場を考えなかったわけではなく、「敵は何を考えているか」「敵は何をされたら嫌がるか」なら散々考えてきました。
敵=顧客と考えれば応用できそうな気もしますが、顧客の嫌がることをずっと考える仕事ではないので、やっぱり違います。
民間企業では、相手が何に価値を感じ、何にお金を払うのかを考えます。同時に、自分たちの仕事にどれだけコストがかかり、それが利益につながっているのかも気にしなければなりません。
自衛隊にも当然予算はあります。ただ、少なくとも私は、自衛隊時代に「この仕事はいくらかかっていて、どこから利益が出るのか」という発想をほとんど持っていませんでした。そもそも利益を出す組織ではないので当然なのですが、民間に来ると、その感覚が自分にないことに初めて気づきます。
簿記の知識が地味に役立ったのもこのあたりです。資格を持っていることより、損益計算書や貸借対照表を見て、会社がどうやって稼ぎ、何にお金を使っているのかを理解できることのほうが実務では重要でした。
「自分のキャリアは自分で考える」ことにも慣れていなかった
これも、自衛隊を辞めてから気づいたことです。
自衛隊にも、もちろん将来の希望を書く仕組みはあります。私がいたころは「経歴管理」というものを記入していました。何年後にはどの部隊で、どんな役職に就きたいか。次はどこで勤務したいか。海外派遣を希望するか。かなり先まで希望を書く欄があります。
その中に、今考えると象徴的な選択肢がありました。
「命のまま」
つまり、勤務地などについて特に希望せず、人事の命令に従います、という選択肢です。
私がいたころには、さすがにきちんと自分の希望を書くようになっていました。ただ、さらに以前には、「命のまま」を選んでいないと書類を突き返された時代もあった、と聞いたことがあります。
今考えると、なかなかすごい話です。
もちろん、自衛隊という組織の性格上、人事を本人の希望だけで決められないのは当然です。全国に部隊があり、必要な人間を必要な場所へ配置しなければ組織が回りません。
ただ、こういう環境に長くいると、人事がどこか「他人事」になりやすいところはあると思います。
次にどこへ行くか、どんな仕事をするか、何年後に何を専門にしているか。希望は書いても、最終的には組織が決めます。
ところが民間に出ると、「次は何をやりたいのか」「何を専門にするのか」「この仕事を続けたら何ができる人になるのか」を、自分で考える場面が急に増えます。
私は自衛隊時代、「次はこんな部隊に行きたい」「こういう職を経験したい」という希望はありました。でも、それは自衛隊という組織の中での経歴の話です。「自分は何を武器にして働いていくのか」という意味でのキャリア設計は、ほとんどしていませんでした。
退職を決めてから慌てて考えるより、在職中から「この仕事で何ができるようになったのか」「この経験は外でも使えるのか」「次に何を身につけたいのか」くらいは考えておけばよかったです。
自衛隊を辞めるつもりがなくても、これは無駄にはならないと思います。
組織の命令には従う。でも、自分のキャリアまで「命のまま」にする必要はありません。
一方で、自衛隊で身につけていて助かったものも多かった
ここまで書くと、自衛隊では民間で使える能力がほとんど身につかないように見えるかもしれませんが、そんなことはありません。むしろ転職してから、自衛隊で鍛えられていてよかったと思ったものもかなりあります。
私の場合、特に役立ったのは計画とリスク管理です。
私はもともと、不測事態に強い人間ではありません。予定外のことが起きると普通に焦ります。だからこそ、自衛隊にいたころから、できるだけ不測事態が起きないように、先に先にリスクを見つけて潰そうとしていました。
誰がいつどこで何をするのか。ここが遅れたら、次に何が止まるのか。事故やトラブルが起きたら、誰に連絡して、誰が判断するのか。
自衛隊では、こういうことをかなり細かく考えて計画します。
この癖は、今の仕事でもかなり役立っています。プロジェクト全体を見て、「このままだと少し先で問題になりそうだ」と感じたことを早めにマネジャーへ伝え、感謝されたこともあります。
イベントのように多くの人が動く仕事でも、誰がこの時間にどう動くのか、何か起きたら誰に連絡し、誰が判断するのかまで決める。こういう計画を作れる人は、意外と多くありません。
自衛隊を辞めるとなると、「民間で使える能力を新しく身につけないと」と考えがちです。でも、ゼロから全部作り直す必要はありません。すでに持っているものもかなりあります。
ただ、それを自分で認識できているか、そして自衛隊の外でも分かる形で説明できるかは別の話です。
本当にどうしようもなくなると、逆に落ち着く
もう一つ、自衛隊時代の経験が役立っているのが、トラブルが起きたときの対処です。
私は普段はわりと焦ります。ただ、本当にどうしようもない状態になると、なぜか針が振り切れて平常になります。
もう起きてしまったものは仕方ありません。私が焦ろうが落ち込もうが、やることは変わらない。それなら、やるしかない。
自衛隊では、そういう場面を何度も経験しました。
長期演習に比べれば、残業はまだ楽でした。しかも残業代が出る。最初は「金もらえるんだ……」と少し感動しました。
もちろん、残業耐性を身につけろと言いたいわけではありません。ただ、トラブルが起きたときに、感情とやるべきことをいったん切り離して考える癖は、転職後も助けられています。
資格は役立つ。でも、資格を取ること自体を目的にしない
では資格は取らなくていいのか、というと、もちろんそんなことはありません。
英語を使う仕事なら英語は武器になりますし、会計や経営に関わるなら簿記の勉強も役立ちます。ITやセキュリティに進むなら、その分野の資格や学習も意味があります。
ただ、順番は大事です。
とりあえず転職に有利そうな資格を集めるのではなく、自分はどんな仕事をしたいのか、その仕事では何が求められるのか、自分には何が足りないのかを考え、その不足を埋めるために資格や勉強を使う。
資格は目的ではなく、手段です。
私自身、英語も簿記も役立っています。ただ、結局仕事で問われるのは「資格を持っているか」より、その勉強を通じて何ができるようになったかでした。
今の自分が、退職前の自分に一つだけ言うなら
もし今の私が、自衛隊を辞める前の自分に一つだけアドバイスできるなら、「ロジカルコミュニケーションを勉強して、普段の仕事で使え」と言います。
上司への報告でも、同僚との調整でも、相手は何を知りたいのか、自分は何をしてほしいのか、そのために何をどの順番で話すのかを考える。
資格試験のように、何点取れば合格というものではありません。だからこそ、現役のうちから練習できます。
それと同時に、自衛隊で身につけたものを過小評価しないことも大事です。人を動かした経験、計画を作った経験、関係者を調整した経験、リスクを考えた経験、トラブルに対処した経験。こうしたものは、民間でも使えます。
ただし、「自衛隊では通じる形」のままだと、外の人には価値が分からないことがあります。
自分がすでに持っているものを知る。
行きたい仕事で何が必要なのかを調べる。
そして、自分に足りないものを補う。
私の場合、その中で一番足りなかったのが、相手に合わせて、相手を動かすように伝える力でした。
もっと早く気づいていれば、転職後の最初の数年はもう少し楽だったかもしれません。














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