元自衛官でも運動しなければ普通に衰える――仕事のパフォーマンスを支える運動習慣

この記事の要点

自衛官だったからといって、退職後も自動的に体力が維持されるわけではありません。そもそも現役時代も、全員が毎日走り回っていたわけではないのが現実です。

転職して気づいたのは、安定して優秀な人ほど、自分の体を露骨に雑には扱わないという事実でした。

運動したからといって急に仕事ができるようにはなりませんが、体の不調で自分の能力をドブに捨てる事態は防げます。

仕事のパフォーマンスを維持するためにも、最低限の「メンテナンス」としての運動はおすすめです。

運動は、仕事ができる人に変身する魔法ではありません。疲労や痛みで、すでに持っている能力を目減りさせないためのメンテナンスです。

元自衛官でも、運動しなければ体力は普通に衰える

「元自衛官なら、今でもかなり体力がおありなんでしょう?」

転職後、何度となくこの種の無邪気な問いを受けました。

世間のイメージでは、自衛官といえば日々泥にまみれて走り込み、重い背嚢を背負って山を越えていることになっているのかもしれません。もちろん、そうした訓練もありますが、現実はそれほど単純ではありません。

自衛隊にも山のようなデスクワークが存在します。特に幹部ともなれば、計画作成、会議、報告、部隊間調整等々で一日が終わり、「体力重視の組織にいるのに、忙しすぎて運動する時間がない」という、落語のような本末転倒が日常茶飯事です。

私の観察範囲ではありますが、退職後も継続して鍛えている元自衛官など、全体の1割もいればいいほうではないでしょうか。本格的にランニングや筋トレを続けている人となると、さらに希少種になります。

私自身は現在もマラソンと筋トレを継続していますが、それは「元自衛官のプライド」などという高尚な理由ではありません。単に今も体を動かしているから、今の体力が残っているだけです。

体力は、自衛官の職歴についてきません。運動をやめれば、順当に衰えます。

自衛隊で身についていたのは、運動習慣ではなく環境だった

自衛隊という組織には、体力検定があり、訓練があり、運動施設があり、そして何より「運動せざるを得ない同調圧力」がありました。本人の意志にかかわらず、体を動かす環境が用意されていたわけです。

しかし、民間企業に転職した瞬間、それらはきれいさっぱり消滅します。5キロ走が遅かろうが、懸垂が1回もできなかろうが、人事評価には1ミリも響きません。

目の前の新しい業務を覚えるだけで脳のキャパシティが埋まると、運動などという優先順位の低いものは真っ先に淘汰されます。

自ら運動習慣を作っていたのではなく、単に「そうせざるを得ない環境」に置かれていただけなら、環境が変われば習慣も当然消えます。

訓練のためでも、体力検定のためでもなくなった今、私には新しい運動の口実が必要でした。

それが「仕事のパフォーマンスを崩さないためのメンテナンス」です。

転職後に気づいた――仕事ができる人ほど、体を雑に扱わない

民間企業に移り、周囲の優秀な方々を観察して分かったことがあります。

彼らの優秀さの核にあるのは、当然ながら知識、経験、そして研鑽された思考力です。顧客の課題を解きほぐし、知らないことを素早く吸収し、適切な局面で意思決定を下す。そうした知的な積み重ねこそが成果を生んでいます。

ただし、安定して高い成果を出し続ける人に共通していたのは、「自分の体をパフォーマンスが出せる状態に保つ」という姿勢でした。

ジムに通う人、ランニングや自転車を楽しむ人、あるいは通勤で意識的に歩き、ストレッチを怠らない人。全員がマッスルボディを目指しているわけでも、マラソン大会に出て完走証を誇示したいわけでもありません。

彼らが整えていたのは「走る速さ」ではなく、「心身が崩れずに稼働し続ける状態」だったのです。

肩こりや腰痛で思考が途切れる。午後には集中力が切れ、画面を眺めるだけになる。休日に寝だめをしても、月曜日の朝から疲弊している。

この状態では、どれほど素晴らしい知識やスキルを持っていても、宝の持ち腐れです。能力が足りないのではなく、それを動かすハードウェアが壊れかけているわけです。

私が考える「仕事のための体力」とは、速く走る力でも、重いものを持ち上げる力でもありません。

忙しい局面でも一定の知性と機嫌を保ち、淡々とパフォーマンスを発揮し続けるための「肉体的なゆとり」のことです。

運動は仕事のパフォーマンスを高めるのか?――んなわけない

ここで都合のよい夢を語るつもりはありません。

スクワットをすれば顧客の課題が浮かび上がり、走れば革新的な企画書が書ける――そんな魔法が存在するなら、苦労はありません。

とはいえ、運動と認知機能の関係には相応の研究の蓄積があります。

2025年に公表された大規模なアンブレラレビューでは、133件のシステマティックレビュー、2724件のランダム化比較試験、約25万8000人分のデータが統合されました。その結果、運動は全般的な認知機能、記憶、実行機能に、小さいながらもプラスの効果を示しています。

ただし、これは年齢や健康状態の異なる幅広い対象者を含んだデータです。「運動すれば、健康なビジネスパーソンの生産性が一気に跳ね上がる」とそのまま解釈するのは、少々都合がよすぎます。

職場での運動や健康施策を検証したシステマティックレビューでも、欠勤や就業能力などに改善を示した研究はある一方、仕事のパフォーマンスや生産性に対する効果は限定的で、さらなる質の高い研究が必要とされています。

一方、デスクワーカーの首の痛みについては、筋力トレーニングや作業環境の調整によって症状が軽減する可能性を示したシステマティックレビューとメタ分析があります。ただし、エビデンスの質は低いと評価されており、どんな運動でも必ず効くとまでは言えません。

つまり、実証研究の観点から無理なく言えるのは、ここまでです。

運動は脳や体のコンディションを整え、不快な痛みを減らしてくれる可能性がある。しかし、運動それ自体が、あなたを仕事のできる人間に変えてくれるわけではない。

運動とは、新しい能力を追加する魔法ではなく、すでに持っている能力を疲労や痛みで目減りさせないための「防錆剤」のようなものです。

スクワットをしても業界知識は身につきませんし、ロジカルシンキングが空から降ってくることもありません。

ただ、肩こりや倦怠感が軽くなり、頭がまともに働く時間が30分延びるなら、あなたがこれまで血のにじむ思いで身につけた知性と経験を、よりよい状態で発揮できるようになります。

運動の真価は、その程度の地味で実用的な部分にあります。

化け物ディレクターの身体的なノイズを減らした話

私の周囲に、もともと恐ろしく頭の切れるディレクターがいます。

相手の言葉の裏にある本質を瞬時に見抜き、情報が不足している段階でも「次に確認すべき課題」を完璧に整理してみせる。文句のつけようのない優秀な人物です。

しかし、彼は全身に頑固なこりと重さを抱えており、傍から見ても明らかに調子の悪い日がありました。というより、そういう日のほうが多かった気がします。

切れ味が鳴りを潜め、ぼんやりしているんですね。

そこで私は、毎日20回のスクワットと軽いケトルベル運動、そして正しい手順でのストレッチを勧めました。

ジムに1時間こもるようなハードなものではなく、固まった関節を動かし、使っていない筋肉に刺激を入れる程度の内容です。

しばらくして、彼から「体の重さが消えて、実に調子がいい」という報告を受けました。そして、もともと鋭かったディレクターの仕事ぶりは、さらに隙がなく、安定したものになったのです。

今やそのディレクターを現場に投入すれば、どんな初見の分野であっても顧客の真のイシューを見抜き、着地点まで鮮やかに議論を牽引してくれると評判になっています。

とりあえずこの人を連れていけば案件につながって助かっているけど、頭の中がどうなっているのか分からない。

と、パートナーが言っていました。まさに化け物です。

勘違いしないでいただきたいのですが、彼がスクワット20回で突然覚醒したわけではありません。彼の成果の99%は、彼自身が積み上げてきた知識と思考の賜物です。

運動が果たした役割は、おそらく最後の1%――パフォーマンスを邪魔していた身体的な「ノイズ」を取り除き、本来のスペックを発揮しやすい状態を作ったことです。

因果関係を証明するのは難しいですが、少なくとも私にはそう見えました。

仕事のための運動は、毎日20回のスクワットから

結論から言えば、フルマラソンを走る必要も、重いバーベルを持ち上げる必要もありません。

運動を趣味として極めることと、仕事のために体をメンテナンスすることは、まったく別の話です。

WHO(世界保健機関)の身体活動・座位行動ガイドラインは、成人に対し、週150〜300分の中強度の有酸素運動、または週75〜150分の高強度の有酸素運動に加え、週2日以上の筋力トレーニングを推奨しています。ただし、少しでも体を動かすほうが何もしないよりよく、運動習慣のない人は少量から始めることも勧めています。

この数字を見て、そっとブラウザを閉じそうになった方もご安心ください。初日からすべて達成する必要はありません。

私なら、まず「毎日20回のスクワット」をおすすめします。

20回という数に特別な科学的根拠はありません。単純に短時間で終わり、覚えやすく、下半身を使った実感を得やすいからです。

余裕があれば、軽いケトルベル運動や、股関節・背中・肩まわりのストレッチを数分加える。これで十分です。

ただし、フォームだけは侮らないでください。

勢いに任せて腰を痛めたり、無理な体勢でストレッチをしたりすれば、ただの自傷行為になります。信頼できるトレーナーや理学療法士などの解説を参考にして動きを確認し、必要であれば専門家の指導を受けてください。

私自身は、撮影したフォームをGeminiに補助的に確認してもらうこともあります。ただし、生成AIの回答だけでフォームの正しさが保証されるわけではありません。膝や腰に痛みや違和感があれば、無理をせず中止してください。

もちろん、スクワット20回で人生のすべてが解決するわけではありません。

しかし、最初から高い目標を掲げて三日で挫折するくらいなら、「毎日少しだけ体を整える習慣を持つ人」になるほうが、はるかに賢明です。

体は、能力を使い続けるための第一の資本である

私たちはビジネスで成果を出すために、専門知識を学び、資格を取り、フレームワークを覚え、最近ではAIの使い方まで熱心に勉強しています。

しかし、どれほど高度なツールや知性を手に入れても、それを現場で動かすのは、結局のところ、あなたの泥くさい肉体と脳です。

過去の経歴も、若い頃の体力も、放置すれば確実に衰えていきます。

だからこそ、大げさな準備など不要です。まずはその場でスクワットを20回やる。少し遠回りして歩く。凝り固まった肩を正しく伸ばしてみる。

仕事のために本を開くのと同じくらいの手軽さで、仕事のために体を整えていきましょう。

だから、声を大にしてこう言いたい。

みんな、筋トレやろうぜ!

(これが言いたかっただけ)


参考文献

  1. Singh B, et al. Effectiveness of exercise for improving cognition, memory and executive function: a systematic umbrella review and meta-meta-analysis. British Journal of Sports Medicine. 2025.
  2. Grimani A, Aboagye E, Kwak L. The effectiveness of workplace nutrition and physical activity interventions in improving productivity, work performance and workability: a systematic review. BMC Public Health. 2019.
  3. Frutiger M, Borotkanics R. Systematic Review and Meta-Analysis Suggest Strength Training and Workplace Modifications May Reduce Neck Pain in Office Workers. Pain Practice. 2021.
  4. World Health Organization. WHO guidelines on physical activity and sedentary behaviour. 2020.

 

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りすまる元へっぽこ陸自幹部
元陸自幹部、現在は民間企業のコンサルタント。30代半ばで自衛隊から転職しました。自衛官の転職、生成AIの実務活用、組織や会社員としてのサバイブ術を、自分自身の失敗や試行錯誤をもとに書いています。