元幹部自衛官がクラッシャー上司に潰されかけて気づいた、「誰の下につくか」の重要性

この記事の要点

コンサルでは、どんなテーマのプロジェクトに入るかよりも、誰の下につくかのほうが、その後の成長や評価を大きく左右します。できるマネジャーの下であれば、地味な案件でも仕事の進め方を学び、少しずつ任される範囲を広げられます。反対に、どれほど興味のある案件でも、マネジメントが壊れていれば、学ぶより先に消耗します。

私自身、転職して半年ほどのころ、「なぜこんなこともできないのか」と詰めるマネジャーの下で、自分の能力不足だと思い込み、黙って耐えていました。日曜の夜が憂鬱になり、睡眠や体調にも影響が出ました。しかし、その人は別の案件でも同じ問題を繰り返し、最後にはスタッフからアサインを拒否されるようになりました。

プロジェクトは数カ月で終わります。しかし、良いマネジャーから学んだ仕事の進め方も、悪いマネジャーの下で失った自信や健康も、その後に残ります。だから、案件のテーマや専門領域だけで選ばない。プロジェクトの内容よりも、誰の下につくかが大事です。

私がとても尊敬しているマネジャーに、以前こう言われたことがあります。

「りすまるさん、プロジェクトの内容、テーマ、どの領域に特化したいか、そんなの究極どうでもいい。誰の下につくかがコンサルライフの全てですよ」

面白そうなテーマか。自分の専門性につながるか。今後の経歴に書ける案件か。

コンサル会社で次のアサインを考えるときは、どうしてもプロジェクトの内容に目が向きます。私も以前は、どんな案件に入るかが、自分の成長を大きく左右すると思っていました。

しかし実際に働いてみると、同じような案件でも、誰がマネジャーかによって得られる経験はまるで違います。

できるマネジャーの下であれば、地味な案件でも仕事の進め方を学び、少しずつ任される範囲を広げていけます。反対に、興味のある案件や注目度の高い案件であっても、マネジメントが壊れていれば、学ぶより先に消耗します。

同じ人が、同じ会社で似たような案件に入っていても、直属のマネジャーによって仕事の進めやすさは大きく変わります。成長の速度も、社内評価も、精神的な負担も変わります。

やばいマネジャーの下で耐え続けても、成長するより先に消耗します。心身を削り切られる前に、どんな仕事をするかだけでなく、誰と働くかについても、もう少しわがままになっていいと思います。

プレイヤーとして優秀な人が、良い上司とは限らない

私が異業種からコンサル業界へ転職して半年ほどのころ、かなり厄介なマネジャーの下につきました。

その人は、プレイヤーとしては優秀でした。自分で論点を整理し、スライドを作り、顧客と話す仕事であれば、高い成果を出せる人だったと思います。

しかし、人を使って成果を出す立場になると、その優秀さが悪い方向に出ていました。メンバーの経験や能力を考えずに仕事を振り、期待したものが出てこなければ、こう詰めます。

「なぜ、こんなこともできないの?」

「コンサルなら、これくらいできないといけない」

最後には「お前らはみんな使えない」といった調子でキレて、自分で仕事を始めます。ハリウッド映画に出てくる嫌な上司を、そのまま現実に連れてきたような人物でした。

本人の中では、自分にはできるのだから、スタッフにもできて当然だったのでしょう。しかし、自分と同じレベルの仕事ができる人しか動かせないのであれば、マネジャーが間に入る意味はほとんどありません。

自分で全部やることと、チームを動かすことは別です。

できない人を見つけて責め、最後に自分で仕事を引き取る。それは優秀なプレイヤーの動きかもしれませんが、マネジメントではありません。少なくとも、その瞬間はマネジャーとしての役割を放棄しています。

その人は、「優秀な人と仕事がしたい」とよく言っていました。

しかし、最初から何でもできるスタッフだけを集めなければ成果を出せないのであれば、マネジャーとして何を付け加えているのかは疑問です。

優秀な人だけを並べて成果が出るのは、ある意味では当たり前です。手元にいるメンバーの経験や能力を踏まえ、チームとして成果を出せる状態をつくるところに、マネジャーの仕事があります。

「指示にはまず従う」という、自衛隊時代の感覚

当時の私は、民間企業に転職してまだ半年ほどでした。自衛隊時代の指揮系統の感覚も、かなり残っていました。

上司の指示には、まず従う。
下の人間が、簡単に口答えをしてはいけない。
仕事ができないのは、自分の能力が足りないからだ。

今振り返ると、やばい上司にとって、これほど扱いやすい部下もいなかったと思います。

無理な仕事を振られても、「指示の出し方がおかしい」とは考えませんでした。できない自分が悪いと思い込み、何とか期待に応えようとしました。強い言い方をされても反論せず、黙って耐えました。

その結果、日曜の夜から月曜日の仕事を考えて憂鬱になり、睡眠や体調にも影響が出ました…。

仕事で厳しい指摘を受けることと、心身に影響が出るまで一方的に詰められることは別です。しかし、転職直後の私は、その区別がついていませんでした。

周囲の基準が分からないため、「コンサル業界とは、こういう場所なのかもしれない」と思ってしまいます。自分はこの仕事に向いていないのではないか、とも本気で悩みましたが、実際には、たまたま早い段階で大外れを引いただけでした。

「自分だけの問題ではなかった」という答え合わせ

そのプロジェクトを離れたあと、少しずつ事情が見えてきました。

そのマネジャーは、別の案件でも同じようにチームメンバーを詰めていました。相手が変わっても、案件が変わっても、同じ問題を繰り返していたのです。

評価会議でも厳しく問題視され、最終的には、その人のプロジェクトにスタッフがなかなかアサインされなくなりました。皆が拒否するようになったからです。

ここまで来れば、単なる相性の問題ではありません。私が特別に仕事のできないスタッフだったから、うまくいかなかったわけでもありません。誰をつけても同じように詰め、最後には誰も一緒に働きたがらなくなったのであれば、原因はそのマネジャーです。

当時の私は、そのマネジャーから受けた評価を、自分自身の価値とほとんど同じものとして受け止めていました。

しかし、上司の評価が常に正しいとは限りません。この経験をしてから、上司から低く評価されたときも、「すべて自分が悪い」とは考えないようになりました。

自分に改善すべき点があるのか。それとも、仕事の渡し方や体制そのものに問題があるのか。両方を切り分けて考える必要があります。

できる上司は、チームの現実を見ている

今、一緒に仕事をしているできる人は、メンバー全員に自分と同じ能力を求めません。

まず、それぞれの経験や得意不得意を見ます。そのうえで、現時点で任せられる仕事を渡し、少しずつ範囲を広げていきます。本人に強みと弱みを自覚させるのもうまいです。

また、細かくコミュニケーションの機会をつくります。仕事が大きく遅れ、手遅れになってから問い詰めるのではありません。途中で状況を確認し、方向がズレていれば修正します。分からないまま進んでいるなら、必要な情報を渡します。

これは、メンバーに優しいという情緒的な話ではありません。限られた時間で、チームとして必要な品質を出すために、現実を見ているだけです。

しかしコンサル業界では、プレイヤーとして成果を出した人が、そのままマネジャーへ上がっていくことがあります。マネージャー適性が全くなくても、上がります。

その結果、クラッシャー上司のような残念マネジャーが発生します。

こういう人と仕事をしていると、「誰の下につくかがすべて」という言葉の意味がよく分かります。華やかなテーマの案件に入れても、マネジャーがダメなら苦労だけして、得られるものも少ないです。

できるマネジャーが何を見て、どう仕事を切り分け、どのタイミングで介入するのかを間近で見る。その経験のほうが、その後の仕事に長く残ることもあります。

反対に、どれほど興味のある案件でも、マネジャーが仕事を設計できなければ、スタッフは目の前の火消しに追われます。そこで身につくのは、無茶振りへの耐久力だけかもしれません。儲からない炎上案件であれば自身の評価も下がります。

リモートワークでは、危険なマネジャーを見抜きにくい

誰の下につくかが大事だとしても、実際に見極めるのは簡単ではありません。特に、リモート勤務だけでは、誰が危険なマネジャーなのか分かりにくいと感じます。

オンライン会議では、誰でもそれなりに理知的に見えます。経歴や肩書を見ても、本人のプレイヤーとしての実績は分かりますが、人をどう扱うかまでは見えません。だからこそ、私は意識的に社内の情報を取りにいくようにしています。

出社すれば、さまざまな話が聞こえてきます。休憩スペースで、大変そうなプロジェクトの人に「最近どうですか」と声をかければ、愚痴は大体すぐに出てきます。

もちろん、愚痴があるだけで悪いマネジャーとは限りません。私が分かりやすい基準だと思うのは、顧客とチームの両方とうまくいっているかどうかです。

顧客との関係が悪く、チームからも嫌われている。案件の品質も安定せず、スタッフが次々に離れたがっている。ここまでそろっていれば、性格が厳しいとか、相性が悪いという話ではありません。

マネジャーとして機能していないと考えたほうがよいでしょう。

耐えることと、成長することは違う

実際にやばいマネジャーの下に入ってしまったら、どうするべきか。

私の答えは単純です。

さっさと離れたほうがいい。

コンサル会社であれば、アサインを拒否する、あるいはアサイン変更を求めるという手段があります。

アサインを管理しているのは、人事ではなく、現場に近い立場の人であることが多いと思います。自分についている上位者や、アサイン管理者につながっている役職者へ相談します。

その際は、「あの人が嫌いです」ではなく、事実を伝えます。

指示と評価基準が一致していない。
必要な情報やガイドがないまま、結果だけを要求されている。
顧客、マネジャー、スタッフ間のコミュニケーションが成立していない。
睡眠や体調にも影響が出ている。

事実を積み上げれば、単なる好き嫌いの話ではなくなります。特に、最近のご時世では健康障害というのは人事が即刻動きます。

すぐに離れられない場合でも、黙って耐えてはいけません。相手に「こいつには何を言ってもいい」と思わせないことが重要です。黙って耐えていると、「この人は最高のサンドバッグだ」と判断されることがあります。

残念ながら、どれだけ理不尽に耐えられるかを競う大会に参加しても、コンサルタントとしての市場価値は一ミリも上がりません。

壊れたマネジメントの下で消耗し続けることと、難しい仕事に挑戦することは別です。

良いマネジャーの下で厳しい仕事をすれば、できることが少しずつ増えます。自分の強みと弱みも分かります。失敗しても、どこを直せばよいかを学べます。

悪いマネジャーの下では、目的も基準も曖昧なまま仕事を振られ、失敗すれば能力を否定されます。最後には、本来持っている能力まで発揮できなくなり、自分は仕事ができない人間だと思い込むことがあります。

誰の下でも成果を出せる人になることは大切です。しかし、誰の下でも黙って耐える人になる必要はありません。

プロジェクトは終わっても、上司から受けた影響は残る

最初に当たったマネジャーからは、多くのことを学びました。もちろん、すべて反面教師としてです。

優秀なプレイヤーが、優秀な上司とは限らない。自分で全部やることと、チームを動かすことは違う。部下が成果を出せない原因を、すべて部下の能力に求めてはいけない。上司からの評価を、自分自身の価値と混同してはいけない。

そして、耐えることと成長することは別です。

以前の私は、次にどんなプロジェクトへ入るかばかりを気にしていました。しかし今は、案件のテーマと同じか、それ以上に、誰がそのプロジェクトを率いるのかを見るようになりました。

プロジェクトは数カ月で終わります。しかし、良いマネジャーから学んだ仕事の進め方は、その後も残ります。反対に、悪いマネジャーの下で失った自信や健康は、案件が終わったからといって、すぐに元へ戻るとは限りません。

だから、尊敬するマネジャーの言葉を、今では自分も実感を込めて受け止めています。

プロジェクトの内容よりも、誰の下につくかが大事だ。

転職して半年だった当時の自分に、もう一つ付け加えるなら、こう言います。

その環境にしがみつく必要はない。やばいマネジャーからは、さっさと離れろ。

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りすまる元へっぽこ陸自幹部
元陸自幹部、現在は民間企業のコンサルタント。30代半ばで自衛隊から転職しました。自衛官の転職、生成AIの実務活用、組織や会社員としてのサバイブ術を、自分自身の失敗や試行錯誤をもとに書いています。