自衛隊の経歴が民間企業に伝わらない理由―必要なのは「民間語への言い換え」ではない

この記事の要点

自衛隊から転職しようとすると、自分ではかなり重い仕事をしてきたつもりなのに、それが民間企業には驚くほど伝わらないことがあります。

「小隊長として約30名を指揮した」「連隊本部で訓練担当の幕僚をした」「大規模な訓練の計画・調整を担当した」。自衛隊の中にいれば、こうした経歴から仕事の規模や責任の重さをある程度想像できます。しかし、自衛隊を知らない人にはそうではありません。

これは単に、自衛隊用語が難しいからではありません。自衛隊と民間企業では、人の経験や能力を見る物差しが違います。そして当然ながら、民間企業の人は自衛隊の仕事をほとんど知りません。

だから必要なのは、自衛隊用語を民間っぽい言葉に置き換えることではない。自分が何を任され、どう考え、どう人や組織を動かしてきたのかを分解し、自衛隊以外の仕事にも共通するレベルまで経験を抽象化することです。

そこまでできて、ようやく自衛隊で積んだ経験は外の世界に伝わるものになります。

 

「小隊長をやっていました」で、どこまで伝わるのか

自衛隊では、経歴そのものがかなり多くの情報を持っています。所属、階級、職種、配置、指揮官経験、幕僚経験、教育歴。共通の仕組みを知っている人同士なら、「普通科小隊長をやっていた」と聞くだけでも、その後ろにある仕事をかなり補って理解できます。

ところが、民間企業の採用担当者に「小隊長として約30名を指揮していました」と説明しても、同じ情報量は伝わりません。「30人くらいのリーダーだったんですね」で終わっても不思議ではないでしょう。

連隊や群などでの幕僚勤務なら、なおさらです。「訓練担当幕僚でした」と言われても、自衛隊を知らない人には何をしていたのかほとんど分かりません。

こちらは経歴を説明したつもりなのに、相手には仕事の実像がほとんど見えていない。このズレが、自衛官の経歴が民間企業に伝わりにくい出発点です。

自衛隊と民間では「人を見る物差し」が違う

自衛隊では、どのポストを経験したかが、その人の経験値をある程度示してくれます。小隊長を経験し、中隊本部で勤務し、連隊や群の幕僚になる。そうした経歴を見れば、自衛官同士なら「このあたりの仕事は経験しているだろう」とかなりのところまで推測できます。

しかし、その物差しは組織の外では使えません。

民間企業が知りたいのは、結局のところ「この人はうちに来て何ができるのか」です。何を任され、どのくらいの規模の仕事をして、どんな難しさがあり、そこで本人はどう考えて動いたのか。そして、その経験を自分たちの会社でも生かせそうなのか。

つまり、転職すると「どんなポストにいたか」だけでは足りなくなり、「その経験を通じて、何ができる人になったのか」まで説明する必要が出てきます。

ここを飛ばして経歴だけを並べても、自衛隊の中では立派な経歴書が、民間企業から見ると「よく分からない仕事をいろいろ経験してきた人」になってしまいます。

そもそも民間企業は、自衛隊の仕事をほとんど知らない

もう一つ、翻訳が必要になる大きな背景があります。民間企業の人は、自衛隊の仕事をほとんど知りません。

これは採用担当者の勉強不足という話ではありません。私たちだって、自衛隊にいたころからメーカーの生産管理や銀行の法人営業、IT企業の開発現場について詳しく知っていたわけではないでしょう。同じことが逆向きにも起きています。

たとえば「連隊で訓練担当幕僚をしていました」だけでは伝わらなくても、実際の仕事をほどいてみると見え方は変わります。

上級部隊の方針や指揮官の意図を踏まえ、部隊の現状を把握する。人員、装備、場所、時間などの制約を整理し、関係部隊と調整する。必要な案を作って指揮官の判断を受け、それを具体的な計画にして実行し、途中で問題が起きれば修正する。

ここまで説明すれば、自衛隊を知らない人にも仕事の輪郭が見えてきます。

問題は「幕僚」という言葉が通じないことではありません。その一言の中に押し込められている仕事を、こちらが取り出して見せなければならないのです。

大事なのは、経験を「どこでも使えるところ」まで掘ってみること

ただし、仕事の中身を説明できれば終わりでもありません。ここからが、もっと大事だと思っています。

たとえば小隊長として30人ほどの隊員を動かしていたとして、「30人を指揮した」という事実そのものを別の会社へ持っていくことはできません。転職した瞬間、部下はいなくなりますし、階級による権限もなくなります。

それでも、人をまとめて動かす過程で身につけたものは残ります。

経験も能力も違う人にどう仕事を割り振るのか。認識がずれているときにどう合わせるのか。自分が見るところと部下に任せるところをどう分けるのか。予定が崩れたときに何を優先するのか。

幕僚勤務でも同じです。複雑な仕事を前にしたとき、何から整理するのか。曖昧な方針をどう具体的な仕事に落とすのか。複数の関係者の事情がぶつかったとき、どう調整するのか。意思決定者に何を示せば判断してもらえるのか。

こうしたものは、小隊長や幕僚という役職そのものとは違います。何度も仕事をする中で身につけた、考え方や仕事の進め方です。

そして、それを自分なりに体系化できていれば、自衛隊とはまったく違う業種に移っても使える可能性が出てきます。

「マネジメント経験があります」では、実は足りない

ここで、自衛隊用語を民間用語に置き換えたくなります。

「小隊長だからマネジメント経験がある」「幕僚だったからプロジェクトマネジメントができる」といった具合です。しかし、それだけなら言葉が変わっただけで、中身はまだほとんど説明されていません。

それどころか、自衛隊で30人を指揮することと、企業で30人をマネジメントすることは同じではありません。民間には顧客や売上、利益、契約、競争があります。階級による指揮命令関係もありません。

だから必要なのは、「小隊長=マネジャー」という変換ではない。

小隊長としての経験を一度ばらし、その中から「人をまとめて仕事を進める」という他の組織にも存在する要素を取り出す。そのうえで、自分はそれをどうやっていたのかを言葉にする。

幕僚経験なら、「幕僚=プロジェクトマネジャー」ではなく、複雑な仕事を整理する、関係者を調整する、意思決定を支える、計画を実行可能なところまで落とす、といった要素まで分解する。

自衛隊固有の経験から、他の仕事にも共通する要素を抜き出す。さらに、それを自分がどうやって実行してきたのかまで説明する。

ここまでやって、ようやく「翻訳」になります。

最後に問われるのは、再現性

企業が採用したいのは、「自衛隊で立派な経歴を持っている人」ではありません。その経験を使って、自分たちの会社でも仕事をしてくれそうな人です。

だから、自衛隊でうまくいった理由についても考えておく必要があります。階級による権限があったからできたのか、自衛隊固有の仕組みに支えられていたのか。それとも、環境が変わっても使える自分なりの仕事の進め方があったのか。

もちろん、自衛隊で身につけたものが全部そのまま民間で使えるわけではありません。組織が変われば、捨てなければならない常識も、変えなければならないやり方もあります。

それでも、人をまとめて動かすこと、複雑な仕事を整理すること、関係者を調整すること、限られた条件の中で計画を作ること、問題が起きた仕事を立て直すことは、自衛隊だけの仕事ではありません。

大事なのは「私は小隊長をやりました」「幕僚を経験しました」で終わらず、「その経験から何を身につけ、それを別の環境でどう再現できるのか」まで自分の言葉で説明できることです。

自衛隊の経歴を「翻訳する」ということ

自衛隊の経歴が民間企業に伝わりにくいのは、経歴に価値がないからではありません。逆に、自衛隊で大きな責任を負ってきたから、そのまま民間でも評価されるわけでもありません。

自衛隊と民間では人を見る物差しが違い、相手には自衛隊の仕事についての前提知識もない。だから、自分で橋を架ける必要があります。

その橋は、「幕僚」を「プロジェクトマネジャー」に変えるような言葉の置き換えではありません。

自衛隊での具体的な経験を分解し、他の仕事にも共通する要素を抜き出し、自分なりの仕事の進め方として整理する。そして、それが別の環境でも再現できることを説明する。

そこまでやって初めて、自衛隊で積み上げてきた経験は、自衛隊の外でも意味を持ちます。

肩書を翻訳するのではなく、経験そのものを翻訳する。

自衛隊から民間へ転職するときに必要なのは、結局そこなのだと思います。

次の記事では、自衛隊での経験を職務経歴書にどう落とし込むのか、具体例を使って考えていきます。

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りすまる元へっぽこ陸自幹部
元陸自幹部、現在は民間企業のコンサルタント。30代半ばで自衛隊から転職しました。自衛官の転職、生成AIの実務活用、組織や会社員としてのサバイブ術を、自分自身の失敗や試行錯誤をもとに書いています。