最近、このブログをめっきり更新していませんでした。仕事が忙しかった、というのも多少はありますが、それだけではありません。
何をしていたのかというと、アプリを作っていました。
私はプログラマーではありません。仕事でコードを書いたこともないし、個人でアプリを開発した経験もありません。それが今、暇さえあればアプリのことを考えています。このブログを更新しなくなるくらいには。
始まりは「自分で作ればいいのでは」だった
きっかけは、自分で使いたい筋トレ記録アプリがなかなか見つからなかったことでした。
世の中に筋トレアプリはいくらでもあります。でも使っていると、「この機能はいらない」「この入力は面倒」「なんで毎回ここを押さないといけないんだ」と、細かい不満が積み重なっていく。
そのうち、「じゃあ自分で作ればいいのでは」という考えが出てきました。普通ならそこで終了です。私はアプリを作れないので。
ただ、今は生成AIがあります。試しに「こういうアプリって作れる?」と聞いたら、「できます」と返ってきました。
まあ、AIはだいたいできますと言います。今ならそこから疑いますが、当時の私は素直でした。
じゃあ、やってみるか。
本当に作れた。少なくとも最初はそう思った
AIに相談して、コードを書かせて、動かしてみる。エラーが出たら、そのエラーをまたAIに投げる。すると修正案が返ってくる。
それを繰り返していたら、本当にスマホの画面に自分が考えていたものっぽい何かが出てきました。ボタンも押せるし、数字も記録できる。
これはかなり面白かったです。
コードをほとんど読めない自分でも、自分の欲しいものが少しずつ形になっていく。「ここをこうしたい」と言えば直せる。「これも欲しい」と言えば追加できる。最初のころは、ただそれが楽しくて触り続けていました。
そのうち、ブログを書くよりこっちの方が面白くなりました。
で、話がおかしくなってきた
ある機能を追加しようとすると、「その前にデータの持ち方を考えた方がいい」と言われる。データの持ち方を考え始めると、「将来こういう機能を追加するなら、今この形にすると困る」と言われる。
じゃあ将来のことまで考えるか、とやっていると、今度は「将来を考えすぎて複雑にするのもよくない」と言われる。
知らんがな。
私は筋トレを記録したかっただけなのですが。
気づけば、データベース、マイグレーション、テスト、後方互換性、データモデル、アーキテクチャ……。数か月前までほぼ縁のなかった言葉について、真面目に悩むようになっていました。
しかも困ったことに、AIに聞けば大抵は答えが返ってきます。それもかなり自信満々に。
最初のころは「なるほど、そういうものなのか」と信じていました。でも、しばらくやっていると気づきます。
こいつら、普通に間違える。
昨日「これで問題ありません」と言っていたAIが、今日別の角度から聞くと「この設計には問題があります」と言い始める。
おい。
そこから、一つのAIが大丈夫と言っても本当にそうなのか疑うようになりました。実装したAIとは別のAIに見せる。監査させる。修正したものをまた確認させる。
一人で作っていたはずなのに、気づけばAIが増えていました。
この辺の話は、それだけで何本も書けそうです。
ブログとnoteで少し分けて書いてみます
そんなわけで、ブログを更新していなかった間に、書くネタだけはかなり増えました。
ただ、全部を同じ書き方で出すのも違う気がしています。
このブログでは、アプリを作ってみて何を感じたか、AIを実際に使って考えがどう変わったか、といった少し引いた話を書いていくつもりです。技術解説というより、実際にやってみた人間の感想に近いものになると思います。
一方でnoteには、もう少し現場に近い話を残します。実際に何が起きたのか、どこで失敗したのか、AIの回答を信じたらどうなったのか、その結果何を変えたのか。
ブログは考えたこと。noteは起きたこと。
今のところ、そんな分け方を考えています。
なお、まだ完成していません
念のため書いておくと、アプリはまだ開発中です。
なのでこれは、「AIを使えば未経験者でもアプリを作れました!」という成功談ではありません。世に出せるのかも、誰かに使ってもらえるのかも、まだ分かりません。
今まさに作っている途中で、「これはダメだった」「またAIが妙なことを言い始めた」とやっています。
とりあえず今回は、最近ブログを書いていなかった理由のご報告でした。
何もしていなかったわけではありません。
元気にアプリ開発の沼に沈んでいました。ら








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